2016年06月05日

母の横顔

いつも側にいて見守って 自分のことは差し置いて
子供のことを考えて 深夜に夜勤に行き朝帰る
家事をし子供の面倒を見て毎日が過ぎゆく

趣味にお金をかけるわけでもなく
時間もあるわけでなく
長い間勤め上げ今に至る

母は先月交通事故にあった。自爆なんだが
当日はさほど痛がってはいなかったものの
次の日には猛烈に痛くなり救急車で搬送される

担当医に話を聞き手術のサインすべき場所に
サインをする。その時思ったのは以前と同じように
歩けるかなという事だ。

術後の経過も良好で日々病院に行きその回復具合を
見る事がとても嬉しかった。
退院し毎日早朝人が少ない時間に散歩兼リハビリを
している。

最初は僕か妹が付き添っていたが今はもう1人で
リハビリを頑張っている。
月日の経つのは早いものだと思いつつ
よくぞここまで回復してくれたと神様に感謝する。

今日は手術後初めての手話の日であった。
母がまだ若い頃からやってみたいと言っていたことを
記憶している。やりたければやれば良いのにな
そう思っていたが母なりの考えがあったのだろうと
今ではそう思う。

看護師だった母は誰かの役に立ちたいという
願望が強く手話というのはその希望を満たす
ものなのだろう。

手話のサークルには当然健常者以外の方々も来られる
その相手をする事が喜びで習った手話も
下手ながらも駆使しコミュニケーションを
取れているようだ。

今日は大丈夫かいと母が聞く

その言葉で成る程今日が復帰日だなと気づく
母は事故後運転はしていない。
僕が送迎する事になる。

お寿司屋さんに行き注文しようとメニューを見ていると
大きな声で「ハイ喜んで‼︎」という威勢の良い掛け声を
聞く事ができるが僕の心の中もそれと同様
それ以上の掛け声が響き渡っている

勿論さ僕は母が手話に行く事が嬉しくてたまらない
自分の事に時間をとるという事をしてこなかった人が
楽しそうに手話であった事を僕に話す。

その横顔を見るのが好き
その話をする母を見るのが好き

僕らが僕ら兄弟そして妹が育つ間の時間に
比べたらほんの些細な時間なんだ。

その時間を捻出するためならば何でもするさ
そうする事が楽しいくらいだ。

今日母は嬉しそうだった、楽しそうだった
どっちが健常者かわからないよと言われたみたいだね
母は移動には何ていうのかな。。。
車みたいな補助が必要なのね

よくスーパーで見かけるお買い物カート
みたいなやつをゴロゴロしてるからね
サークルに今日新しい方が来られたみたいだが
そりゃ間違えるよね。。。。

僕の家は僕と母そして妹とよく話をするんだ
他の家の事はよくわからないが母が言うには
そういう事はあまりないんだと言う。

今日あった出来事からたわいもない話
いろいろなんだがそういう時間を大切に
していきたいと思っている

僕が母親目線になるのはたぶんこういう時間を
共有しているからなのかもしれないね
そしていつも見守ってくれていたからだね

僕は日々 わはははははは と笑うようにしてる
勿論母の前でもだ 笑わせてあげたくて
馬鹿な話もするんよ

そうして笑わせたその横顔を
みつめてる。

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みるくこーひー





posted by みるくこーひー at 02:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あじさい街道


あじさい街道 良い名前だ

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街道って言葉がとても心地よい 何故? いや別に
語感というかそうイメージする心かな。

本日行ってまいりました

もう少し時期は後なのはわかってるでも
思い立ったら止まらない

I can't stop going there . There is ajisai-kaidou

もしかしたら混んでいるのかもと思ったがそうでもないね
あらら予想が外れたね。外れたのは2つ

もう少し咲いていると思ったんだけど
むかしのイメージでは道路両脇に紫陽花の花が
所狭しと咲き乱れるそんな感じ

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思い出というものは美化しやすいと言うが
どうなのだろうか?

2つといえば思いがけないことが
2つあったね

こちらの写真見ていただくとわかるのだけど
ご自由に。。。とね。

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迷った。そして自分が相手の立場つまり
制作された方の立場ならどう思うだろうかと
思いを馳せ暫し沈黙。。。。。

それではと お1ついただきますねと
頭を下げその場を後にする。

もう1つの事柄は弁財天さまですね

七福神の神様の中の紅一点
河原のほとりに佇んでおられた

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僕は厚かましくも説明文を読み
弁舌と学芸そして智慧を僕にってね

願うことはすべてのスタートの始まりで
何も思わなければ動き出すことはできず
その場に停滞することになる

僕は少しでも前に進みたいので願うんだ。

お願いしますね弁財天さま

帰りがけにこうして車止め写真を撮る
写真をとるという行為が好きなのではなく
会話をしたいってのが本当なんだろうね
そして会話をするときはなるべく楽しくね

自然の中で気力を復活させまた
自分の進むべき道を寸分の狂いもなく
未来予想図に向け歩くんだ

紫陽花の花が本当に好きで

その色がアルカリ性酸性などの数値によって
決まると聞きさらに好きになる

だって人間みたいじゃない

土壌によって変わるものなんて
人間もそうなのだから

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両親、友人、先生 いろいろな人がいて
影響を与えるこれらの方々は
言うなれば人間という生き物の土壌である

紫陽花と違うのは自分で選択できる部分があることだね
両親は無理だけれどもさ。外せない。

紫陽花の花見ると良いなぁとそう思う。
小さな花が寄せ集まって大きな花の形になる
その花とは経験なんだ 経験が寄せ集まり
人格を形成し
土壌によって深みを増す

あははこう感じるんだよね



愛しくて微笑む気持ちわかるだろうか?


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みるくこーひー
posted by みるくこーひー at 00:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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