2017年11月08日

介護と演劇は相性がいい 菅原直樹さん

こころの時代〜宗教・人生〜 アンコール

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#菅原直樹 #介護 #演劇 #いまを共に楽しむ

テレビをつけると本当に興味のあるものに
触れることが出来る 一時期はネットやそれ以外の事に
時間をとる方がいいと嘯いていたけれど

実際良い番組も数多いなぁと
最近そう思う

菅原直樹さんは演者であり
介護福祉士という異色の人だ

高校生の時に祖母と一緒に暮らした事があり
その際に認知症とは怖いものだ恐ろしいものだ
そう思ったという

老いについて誰しも考えなければ
ならない時が来る
若くともいずれは老いる
その時が来た時に慌ててももう遅い

何においても準備が必要で
突然その状態に遭遇するより
前もって少しでもいいから考えておくことが
重要なのではないかと思う

まさか...と思うのは準備が
されていない状態であり
準備不足であるという事だ

自分はそういう状況になるわけがない
まだ先の話であると後回しにする

そういう事もあるだろうと考えておく方が
無難なのではないかとそう思う

例えば自分の近しい人両親が認知症になったならば
どのように対応すればいいのだろう?

論理や理屈にこだわるのではなく
感情に寄り添う関わり方をした方が
良いのではと番組で菅原直樹さんは説明されていた

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⏰自分を時計屋さんと認識している
👵おばあさんの前で
時計屋さんを演じてみたという

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👨どうもお久しぶりです困っている事はありますか?
👵いっぱいあるわよ

とそのおばあさんは文房具屋さん
だったようで思い出話をしてくれた

否定的な言葉を使うのではなく
真実を告げるのではなく肯定する
その為に演技をする

寄り添うことによって
相手の尊厳を守る方法を選ぶ
と言う事だね

ホウキと傘を間違えて掃除をしていたとしたら
手伝ってあげたいという心持ちを察し

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感謝の言葉と共にホウキを手渡す
ありがとうございます😊

こちらの方が使いやすいですよ
新しいホウキなんですが
試していただけませんか?

このような考え方もあると
知っているのといないのでは
大違いだと思う

僕自身老人病院で働いた経験があるけれど
認知症の人と接した経験は少ない

正しき事が正しいとは限らない

僕はよく思っていて
人は皆自分自身が正しいと思うわけだよね

それでは仮に

正しいと思う人と正しいと思う人との間に
意見の食い違いが生じた場合
どうなるのか?

争いやいざこざしか起こらない
大きくなれば戦争にだって発展する

歴史は後で作られるもので
一方の正しさを否定する事が前提になる

何も自分達が悪者であると綴る必要はなく
正当性を誇示したいからね|ω・*)

介護の場合もそうなんだろう
相手の気持ちを汲み取って考える

正しき事を誇示して
一体何になるというのか?


みるくこーひー

なるほどなぁと僕の両親も認知症になる
可能性がないわけではない
菅原直樹さんのお話をきき
考え方を訓練していく必要性を感じましたね

ボケを受け入れることによって
その人が見ている世界とか歩んできた人生に
寄り添うことができるのではないかと
菅原直樹さんは考えたからです

僕らには見えないものでも
見たふりをしなければならない時が
あるのではないか

応用がきくと思うんですよ😌

簡単に言えば正しいからと言って
人の容姿や学歴を面と向かって言わないように

人の間違いをあげつらうのではなく
夢や目標が常識的に考えて無理そうだなと
感じても事実だけを考えない

見えないもの見えそうにないものでも
共感するように仕向けていく

無論すべての事柄にそのような感じ方が
出来ないとしてもいいと思うんですよね

共に生きる
共に今を楽しむ そう考えられる

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菅原直樹さんの考え方は
素敵だなと思いましたね

否定の先には何もないのかもしれませんね

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それは自分を受け入れるということにも繋がり
相手を受け入れるということにも繋がる
😊😊

posted by みるくこーひー at 04:34| Comment(0) | テレビ番組等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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